欧州特許庁(EPO)における進歩性

欧州特許庁は、「課題−解決」アプローチと呼ばれる明確な手段を使って、発明の進歩性の審査を行います。自明性に基づく特許拒絶に回答する際、義務付けられている訳ではありませんが、「課題−解決」アプローチを使うことが推奨されます。これは、出願人が「課題-解決」アプローチを用いなくても、審査員は、欧州特許庁の手続きの一環として、特許権付与の際に「課題−解決」分析をすることが求められているからです。よって、「課題-問題分析」を提出することは、特許権付与の際の審査員の仕事を減らすことになります。

「課題−解決」アプローチは以下の手順で行います。
1)出願する発明と最も近い先行技術を特定する。
2)1)で特定した先行技術にはない、出願する発明の技術的特徴を明らかにする。
3)2)で述べた、先行技術にはない技術的特徴がもたらす技術的効果を特定する。
4)3)で特定した技術的効果に基づいて技術的課題を設定する。
5)当該専門分野の技術者が、4)で設定した課題に直面した際、先行技術を使って出願する発明をなし得たかを問う。

これらの手順を、もう少し詳しく説明します。

1)出願する発明と最も近い先行技術の特定
最も近い先行技術とは、出願する発明に到達するための最も確実な出発点を構成する特徴を組み合わせた開示です。通常、この先行技術は、出願する発明と技術的特徴を最も多く共有し、同様の目的に使われるものが該当します。 この手順は、基本的に、欧州特許条約の特許要件である開示されている全ての先行技術に対する非自明性という条件の審査を簡素化したものです。

2)最も近い先行技術にはない、出願する発明の技術的特徴の明確化
1)で特定した先行技術と出願する発明との構造的及び機能的な違いを特定します。この手順は、基本的に、先行技術を超える新規の技術的特徴を明らかにするための新規性の分析に該当します。

3)出願する発明の技術的効果の特定
出願する発明が進歩性を持つことを主張するためには、2)で示した新規の特徴が技術的効果をもたらすことを示さなければなりません。仮に、新規の特徴が、商業的あるいは事務的なものであり、技術的効果が示せない場合は、発明の新規性はないと見なされます。

4)技術的課題の設定
技術的課題とは、最も近い先行技術に修正を加え、3)で特定した技術的効果を得ることです。ここで言う技術的課題は、出願書の背景情報として記述した目的と同じ、若しくは類似している場合がありますが、必ずしも同じでないことに注意して下さい。ここでは、当該専門分野の技術者が、最も近い先行技術を出発点にして出願の発明に到達するための過程が問題になります。つまり、技術的課題は、当該専門分野の技術者が最も近い先行技術を修正する動機付けとなるものです。

5)当該専門分野の技術者が、先行技術を出発点にして出願する発明に到達できたか否か
この手順では、当該専門分野の技術者が、技術的課題を解くためにどのようなことを試みるかが問われます。通常、これは更なる先行技術の特定を含み、当該専門分野の技術者が、最も近い先行技術と他の関連先行技術を組み合わせることができるか、そしてその結果、出願する発明にたどり着けるかを検討することになります。

(当該専門分野の技術者)

上記の技術課題の議論は、当該専門分野の技術者を念頭に置いて進められます。欧州特許庁における発明の進歩性の議論においては、当該専門分野の技術者の持つ知識や能力が常に議論の前提とされますが、明確に定義されることはありません。しかし、下記に述べる様に、当該専門分野の技術者を明確に定義することが、課題解決の議論に役立つ場合も有ります。

(「課題−解決」アプローチの適用方法)
以下に、「課題−解決」アプローチを使って、発明の進歩性を主張する際の留意事項を記します。

1.技術的課題の慎重な設定
技術的課題を選ぶ際、出願する発明を示唆する様なものを避けることが重要です。大抵の場合、技術的課題の設定方法は一つに限りません。その設定方法によって、出願する発明の進歩性の有無の判断が変わってくることがあります。
審査員が技術的課題を設定した場合でも、特にその課題が出願する発明を示唆する様なものである場合には、異なる技術的課題の設定方法が妥当であるという主張が認められることも多くあります。

2.審査員の提案する先行技術の組み合わせに対する異議
審査員が、出願された発明は開示された先行技術の組み合わせであり、自明であると議論した場合、審査員の提案する先行技術の組み合わせに対して、様々な反論が考えられます。もちろん、審査員の提案する先行技術を組み合わせても、出願した発明の技術的特徴に到達しない場合は、発明の自明性が示されたことにはなりません。そうでない場合も、当該専門分野の技術者が、提案された先行技術を組み合わせることは、そもそもなかったであろうという議論をすることも有効です。

3.当該専門分野の技術者による関連補助引用例の確認
「課題-解決」アプローチで想定する技術者は、技術課題を解く際に(広義狭義における)該当専門分野とその関連分野における先行技術を組み合わせるというのが前提です。補助引用例が関連外の分野のものであると議論できる場合は、審査員にそれを指摘する必要があります。

4.当該専門分野の技術者による開示された先行技術を組み合わせる可能性
欧州特許庁における発明の進歩性の審査で重要なのは、発明を自明であると見なすためには、当該専門分野の技術者が先行技術に基づいて、同じ発明に到達することができたということではなく、到達したであろうということを明確に示さなければならないことです。従って、審査員は、当該専門分野の技術者が二つの開示文献を組み合わせる動機を示さなければなりません。審査員の想定するその動機付けが、妥当かを問うことも有効です。また、当該専門分野の技術者が二つの開示文献を組み合わせることがないと考えられる理由があれば、それを審査員に伝えることが重要です。

5.審査員の事後的分析の指摘
「課題−解決」アプローチは、ややもすると事後分析的な議論になりがちです。よって、審査員の分析に、出願した発明の知識を前提にした議論が入っていないか、よく検討する必要があります。例えば、審査員が先行技術の技術的特徴を選ぶ際、たまたま出願した発明の技術的特徴と一致する物を選んだのではないかを確認する必要があります。また、当該専門分野の技術者が、審査員が提案するのとは異なる方法で、先行技術を発展する可能性がないか考えることも重要です。

6.当該専門分野の技術者の特定
当該専門分野の技術者の特定は、審査員が、出願した発明は商業等の非技術的分野に関するものであり、自明であるとの判断を下した時に特に役に立ちます。現実的に誰が出願した発明の特徴を開発することができたかを考えることが重要です。それが、実業家でなく、システムエンジニア又はネットワークエンジニアである場合、そのことを審査員に指摘し、出願した発明の特徴は技術的であると主張することは有用です。