欧州意匠法及び実務に
おける、既存の意匠群(Design Corpus)と
意匠創作者の自由度

(Darren Smyth、AIPPI・JAPAN月報Vol.67No.1 2022年1月)

1. はじめに

欧州意匠法には、登録意匠が有効に登録されるために有していなければならない「独自性(individual character)」のテストがあり、ある意匠が登録意匠を侵害するか否かに関するテストとは、お互いに鏡のように映し合う。

共同体意匠規則(規則6/2002) 1) 第6条(1)は次のように規定している。

意匠は、それが情報に通じた使用者(informed user)に与える全体的印象(overall impression) が、公衆の利用可能な状態に置かれているいかなる意匠によってもそのような使用者に与える全体的印象とは異なるものであれば、独自性を有するものとみなされる。

その一方で第6条(2)は次のように規定している。

独自性を評価するときは、その意匠の開発における意匠創作者の自由度(the degree of freedom of the designer)が考慮される。

同様に第10条(1)は次のように規定している。

共同体意匠によって与えられる保護範囲には、情報に通じた使用者に異なる全体的印象を与えない、いかなる意匠も含まれる。

その一方で第10条(2)は次のように規定している。

保護範囲を評価するときは、その意匠の開発における意匠創作者の自由度が考慮される。

したがって第6条(2)と第10条(2)とは実質的に同一と考えられ、独自性及び侵害について判断する目的でそれぞれの意匠を比較する場合、意匠創作者の自由度を考慮しなければならない旨を述べている。これが実務的に意味するものとして、意匠の自由度が高度に制約されている場合、小さい差異であっても異なる全体的印象を生じさせる可能性が十分にあるが、その一方で意匠の自由度に制約がなければ、小さい差異が異なる全体的印象を与えない可能性がある。

大まかに述べると意匠の比較は、H&M Hennes & Mauritz BV & Co. KG v OHIM 事件で示された、次の4段階テストによって行われる。

第1段階:

意匠が組み込まれることを意図する製品又は意匠が適用されることを意図する製品 (products)が属する分野(sector)を特定する。

第2段階:

それらの製品の用途に従い、情報に通じた使用者を特定し、その情報に通じた使用者に関して、意匠について、先行技術(prior art)に対する認識度合い及び意匠比較に
おいて、可能であれば直接的な比較における注意力レベルを特定する。

第3段階:

意匠の開発における、意匠創作者の自由度を特定する。

第4段階:

対象とされる分野を考慮して、争点とされる意匠間の比較結果、意匠創作者の自由度、 並びに、争点とされる意匠、及び公衆の利用可能な状態に置かれていたいかなる先行意匠(any earlier design)が、それぞれ情報に通じた使用者に与える全体的印象を特定する 2)

独自性に関して共同体意匠規則の前文14は次のように述べている。

ある意匠が独自性を有するのか否かに関する評価は、情報に通じた使用者が意匠を見るときに受 ける全体的印象が、既存の意匠群によって当該使用者が受ける全体的印象とは明らかに異なるの か否かを基礎とすべきであり、そこでは意匠が組み込まれる製品又は適用される製品の性質、特 に、その製品が属する産業分野(industrial sector)、及び意匠の開発における意匠創作者の自由 度を考慮すべきである。

このように前文14は「既存の意匠群(design corpus)」の概念を導入しており、意匠の全体的印象が 、「既存の意匠群(existing design corpus)」によって与えられる全体的印象から明らかに異なることを要求している。「既存の意匠群(design corpus)」という用語は、これ以外で意匠規則のいずれにも見当たらず、特に各条文のいずれにも記載されていない。しかしこの概念は、EU 意匠を考察した英国裁判 所(UK courts)のいくつかの判決において採用されている。

EU 法制度において法律の前文(Recitals)は、法律の条文のような法的拘束力を有する部分ではない。 前文は独立した法的強制力を持たない。しかし前文は、各条文に記載されている法律の解釈及び適用にお いて利用され得る。

ある意味において「既存の意匠群」はとてもシンプルなものといえる。それは、意匠登録の優先日より前 に存在する該当分野における意匠群全体を、単に意味するものであり、まさしく特許における「先行技術 (prior art)」の概念によく似ている。しかしこの概念は、登録意匠に関する裁判所のいくつかの判決によって発展を続けており、各意匠を比較するための構造的手法が示される地点まで到達している。これについては下記4.で後述する。

前文14と第6条(及び第10条)との間には、文言的に整合していない可能性がある部分が見受けられる。すなわち前文には「明らかに(clearly)」という追加的な単語が存在するが、これは各条文に存在していない。現在では、この相違点は規則制定時の人工的産物(artefact)であり、「明らかに」という用語は無視すべきであることが十分に確立されている 3)
これ以外で全体的印象の分析に関しては、次に述べる第8条(1)の規定が挙げられる。

この規定について、まず簡単に考察していく。

2. 技術的機能によって定まる特徴

過去には、ある特徴が専ら技術的機能によって定まる(solely dictated by technical function)か否かを判断するための正確なテストについて確証が持てなかった時期もあったが、このような不確実性はDoceram 事件におけるCJEU 判決 4)によって払拭された。この判決では、特徴を定める唯一の要因が技術的機能であるのか否かについてテストが行われるものと判断された。更に範囲の狭いテストとして、複数の態様によって同一の機能が達成可能である場合には、ある特徴が専ら技術的機能によって定まるとはみなされない、というテストも提唱されていたが、これは拒絶された。

ある特徴が専ら技術的機能によって定まるとみなされる場合、その特徴は新規性の判断において考慮されず、全体的印象の審理において考慮されることがあったとしても、それは微々たるものである。専ら技術的機能によって定まることを理由として意匠全体が無効とされるケースは稀である 5)

3. 実務における「意匠創作者の自由度」の概念

Procter & Gamble v Reckitt Benckise 事件における高等法院の判決 6)は、第6条の場合、意匠創作者の自由度は(その有効性が考慮される)登録意匠に関するものであるが、その一方で第10条の場合には、被疑侵害意匠に関する自由度であることを示唆している。しかし David Stone 7)はこれが正確ではないと力説しており、いずれの場合であっても問題となるのは、意匠の出願日(又は優先日)における、登録意匠に関する自由度であると述べている。これは第10条の文言(「自身の意匠 : his design」)から明らかである。また、仮に被疑侵害意匠に関する自由度であったとすれば、登録意匠の範囲が存続期間中に変化していくものとなってしまう。

それでは、意匠創作者の自由度に影響を与える要因は何であろうか。EU の判例では、一般に次の2つの要因のみが存在することが明らかにされている。

  1. 製品の技術的機能
  2. 製品に適用される制定法上の要求

共同体意匠規則の解釈に関して、EU 最上級審である欧州連合司法裁判所(Court of Justice of the European Union)で審理された最初の事例は PepsiCo v Grupo Promer Mon Graphic 事件であり、この事件において司法裁判所は、欧州一般裁判所(EU 下級審裁判所)の判決の一部を支持した 8)。一般裁判所は次のように述べていた 9)

これに関して、意匠創作者の、自身の意匠の開発における自由度は、特に製品若しくはその何らかの要素の技術的機能によって課される特徴上の制約、又はその製品に適用される制定法上の要求によって確立されるものと言わなければならない。これらの制約によって、結果的にいくつかの特徴の標準化が生じ、これは関係する製品に適用される意匠に共通の特徴となるであろう。

なお OHIM(現在の EUIPO)は、意匠の自由度について判断する場合、機能的側面からみて本質的といえないが、その商品(goods)が備えているものと市場が期待する限りにおいて本質的とされる意匠の特徴も考慮すべきであると主張していたが、司法裁判所はこの主張の採用を拒否した。
この解釈は、欧州一般裁判所における後の事案でも是認されている。この事件では、「意匠の傾向(design trends)」が意匠の自由度に対する制約を形成する可能性があるという概念が明確に拒絶された 10)

これに関して十分に指摘可能な点として、上述したパラグラフ19で引用した判例法によると、意匠創作者の自由度は、製品の技術的機能によって課される特徴上の制約、又はその製品に適用される制定法上の要求によって制限される可能性がある。しかし一般的な意匠の傾向は、意匠創作者の自由度を制限する要因とみなすことができない。

したがって概説すれば、「意匠創作者の自由度」は、技術的特徴又は法制度によって課される制約のみを参照して、狭い範囲で解釈するものと考えられる。しかし、これには柔軟な態様が適用される。Hacon 裁判官は次のように述べている 11)

「意匠創作者の自由度」の判断は二者択一的なものではなく、柔軟性が高いのであって、外観上の類似又は差異それぞれに対して、適切と考えられる軽重の差を付けることができる」。彼はH&M Hennes & Mauritz BV & Co. KG v OHIM 事件における欧州一般裁判所の判決を引用したが、同判決では次のように述べている 12)

したがって、意匠の開発における意匠創作者の自由度が大きくなれば、それだけ争点とされる意匠間の些細な差異が、情報に通じた使用者に異なる全体的印象を十分に与える可能性が低くなる。その反対に、意匠の開発における意匠創作者の自由度が限定されれば、それだけ争点とされる意匠間の些細な差異が、情報に通じた使用者に異なる全体的印象を十分に与える可能性が高くなる。すなわち、意匠創作者が意匠の開発において高い自由度を享受しているのであれば、意匠間で顕著な差異を有していない場合、情報に通じた使用者に同じ全体的印象を与えるという結論を補強するものとなる。

Hacon 裁判官は次いで結論に進んだ。

ここで説明したように、2つの製品の対応する部分(parts)における意匠間の類似性が意匠創作上の制約(design constraints)に起因する場合には、両意匠が生み出す全体的印象の比較においてほとんど意味をもたないであろう。もっとも、各意匠の全体が意匠創作上の制約を受けている場合には、意匠間の些細な差異によって、異なる全体的印象を生み出す可能性は十分ある。
しかし、少なくともいくつかの要素に関して意匠創作者が高い自由度を有している場合、そのような部分は改変の見込みが高いとして注目される可能性がある。類似性が、意匠創作上の拘束(design restraints)によるという言い逃れができず、全体的印象には差異がないという意見に向かう、この場合は差異が反対方向の結論に導く。

したがって、専ら技術的機能によって定まるとしても、ある特徴が保護から完全には除外されない場合であっても、その特徴が技術上の制約を受けていれば、全体的印象の判断における重要度が低くなると考えられる。

たとえばSealed Air Ltd v Sharp Interpack Ltd & Anor 事件では、果物用パック容器の意匠が権利侵害を構成しないと判断された。高等法院の Birss 裁判官(当時)は次のように述べている 13)

Sealed Air は本件登録意匠の特徴に関して、意匠が多数の機能的特徴を有していたとしても、(美的考察が実際に影響を与えて)意匠が有効に登録されているのであるから、それを根拠として Sealed Air 意匠と Sharpak 意匠との間の数多くの外観上の類似性を主張することが可能になると述べているが、このような理由付けには誤謬があるものと考えられ、これらの類似性が、機能的な要素、従来から存在する要素などに起因するという事実を無視している。Howe 氏は、まったく機能的な物体とまったく美的な物体との間には範囲があり、本件の場合には、Lindner 事件において OHIM が言及した工業製品と比較して、その範囲の中で美的側の終端にはるかに近いところに位置すると意見を述べている。この意見には同意するが、あくまでも部分的な同意である。それぞれの意匠は美的要素を有しているが、実際のところその外観は機能的な考察から引き出されたものが大半であり、機能上の制約を受けていない要素に関しては、従来から存在していたものと言っても差し支えない。

4.実務における「既存の意匠群」の概念

このように「意匠創作者の自由度」の概念はきわめて狭い範囲で解釈され、技術上又は規則上の制約がある場合に限定されているが、裁判所は既存の意匠群の概念に基づきいくつかの法律原理を発展させており、全体的印象を考察するための意匠の各特徴間における軽重の差、及びその範囲の判断に更なる柔軟性を与えている。概して次の3つの原則を確認することができる。

  1. 既存の意匠群においてありふれている特徴は、判断時の重要度が低くなる。
  2. しかし密集度の高い意匠分野では、小さな差異が異なる全体的印象を与える可能性がある。
  3. 画期的な意匠には、より広い保護範囲が与えられる。

次のセクションでは、これらの原則について順番に考察していく。その前に、既存の意匠群には何が含まれているのか述べておくことが重要であろう。

既存の意匠群の分野は、本稿の「1.はじめに」で述べたH&M Hennes 判決に基づくテストにおける第1のステップに従い、意匠が適用されている製品が属する分野によって決定される。該当する分野が確定すれば、共同体意匠規則第7条(1)の規定によって除外されることが明白な意匠(「共同体域内で営業する、関係分野における専門業界の通常の業務過程で合理的に知り得なかった状況を除く」)でない限り、その分野におけるすべての先行技術が既存の意匠群に含まれるものとみなされる。第7条(1)では除外されない先行技術の特定対象物が、情報に通じた使用者に知られていたであろうことを証明する目的で、これ以外の追加要件は存在しない。これについては C-361/15 P及び C-405/15 Easy Sanitary 14)の各事件における CJEU の判決によって確認された。

しかし、情報に通じた使用者という概念は、使用者が当該先行意匠(the earlier design)を知っており、当該先行意匠が後発意匠の独自性を認識する妨げになる可能性がある、との場合に限るという意味に解釈してはならない。これは規則 No. 6/2002、第7条と相反する解釈である。

LʼOréal Société Anonyme RN Ventures Ltd 事件では、この判例を引用して次のように述べている 15)

Easy Sanitary 事件における CJEU の判決からみて、私の見解としては、それに関する先行技術の何らかの項目が、既存の意匠群の一部を構成するものとみなされることを、情報に通じた使用者が知っていたと思われる旨を証明する必要はない。このように規則に含まれていない要件が導入された場合には、有効性及び保護範囲を判断する目的で、全体的印象について異なるテストを適用することになり、判断のための証拠をほとんど必要としない登録意匠のクレームに、不必要な複雑性が追加されるおそれがある。

既存の意匠群が全体的印象の判断に関係する理由は、「情報に通じた使用者」が比較を実行するからである。このような使用者は「情報に通じている(informed)」ことから、既存の意匠群について知見を有する者として扱われる。情報に通じた使用者の性格については、欧州連合司法裁判所により PepsiCo v Grupo Promer Mon Graphic 事件 16)において次のように確立された。

この[情報に通じた使用者の]概念は、平均的な消費者、すなわち商標の事案に適用される、特定の知識を有することが要求されず、原則として抵触関係にある商標間の直接比較を行わない者と、関係分野の専門家、すなわち詳細な技術的専門性を有する専門家である者[すなわち特許法における「当業者」と同等の者]との間の、いずれかの地点に置かれているものと理解しなければならない。したがって情報に通じた使用者の概念は、平均レベルの注意力を有する者ではなく、関係分野における自身の個人的経験又は自身の知識範囲のいずれかを理由とする、特別な観察力を有する者を示していると理解することができる。

4.1 ありふれている特徴は重要度が低くなる

1つの意匠におけるいくつかの特徴を考察する場合、意匠の自由度に対する制約が存在すれば、その部分における特徴は重要度が低くなることに追加して、既存の意匠群において知られている特徴についても重要度を低くすることができる。通常であれば、この両方の概念に関する軽重判断は一体的に行われる。

たとえば、タブレット型コンピュータの意匠に関する Apple と Samsung との有名な訴訟において Birss 裁判官(当時は地方裁判所判事 17))は次のように述べている 18)

ここでの検証は、情報に通じた使用者及び既存の意匠群の特定から始める必要がある。全体的印象は、情報に通じた使用者に生じるものである。

全体的印象によって結果は異なるとはいえ、実際的な問題として、意匠はいくつかの特徴に分解しなければならない。それぞれの特徴を考察して、その重要性又は軽重の差を適切に定める必要がある。それぞれの特徴は、3つの側面から考察する必要がある。専ら機能によって定まる特徴は無視される。無視されない限り、それぞれの特徴を既存の意匠群との対比で考察し、また意匠の自由度の観点から考察しなければならない。

適切に軽重の差が定められた、類似及び差異を考慮することによって、裁判所は、被疑侵害製品が、登録意匠により情報に通じた使用者に与えられるものとは異なる全体的印象を与えるのか否かについて判断することができる。

これは、どのように分析がなされるのかを明確に述べたものといえる。裁判官は続いて意匠の各特徴を分析し、いくつかの特徴については意匠創作上での制約が適用されるとはいえ、ほとんどすべての特徴に関して、製品の外観が何らかの役割を演じる、一定の自由度を意匠創作者は有していたものとみなした。更に、それぞれの特徴が既存の意匠群において見受けられるのかを判断し、これらの特徴が何らかの形で既存の意匠群の中に存在している状況が大半であるが、ありふれている又は平凡といえる程度まで一般的なものではないと判断した。もっとも長方形のディスプレイ画面は「全体としてありふれていて、専ら機能によって定まる」ものとみなされ、画面を囲む境界線の特徴に関しても、既存の意匠群においてきわめて類似する特徴を有する意匠がいくつか存在することを理由として、ほとんど重要性を持たないものとみなされた。最終的に裁判官は、Samsung のタブレットは Apple の登録意匠とは異なる全体的印象を与えるものとみなした。

第一審の判決は控訴審でも強い支持を得た。控訴審の裁判官は「全体として、私は裁判官の判断に重大な誤りがあったという視点から判断を進めることができない…本件について私自身の見解を構成していた場合であっても、私は同一の結論に、同一の理由で達していたであろう」と述べている 19)

最近の事例でも、Rothyʼs Inc v Giesswein Walkwaren AG 事件 20)ではありふれた特徴にほとんど重点が置かれなかった。本件は高等法院予備裁判官を務めた David Stone が判決を言い渡したが、意匠分野における専門家として認められている裁判官が、比較的単純な状況においてどのように意匠事案の判断を示すべきかを述べた、優良な事例といえる 21)。本件はバレリーナ用シューズの意匠に関するものであり、この登録意匠は、太糸で編まれた布地で作られたアッパー部を有することによって識別されていた。侵害製品と登録意匠との間にはいくつかの差異が存在していたが、特に次を理由として、この登録意匠は権利侵害を受けていると判断された。

ヒール部及びソール部における意匠の差異は、「いずれもバレリーナ用シューズのデザインにおいて周知な手法の変形例であるという理由を含めて、情報に通じた使用者に、重要な差異という印象を与えない」ものと判断された。侵害意匠にはフット部後方のタブ及び装飾ボタンが含まれており、これは登録意匠には存在していないが、これらの存在が異なる全体的印象を与えるものとは考えられない。ここでも同様に、これらの特徴はまとめて考察の対象外とするのが適切であり、登録意匠に含まれている特徴のみに関係する「同種交換(like for like)」要素の比較といえる。

4.2 密集度の高い意匠分野では、些細な差異が異なる全体的印象を与える可能性がある

欧州一般裁判所は Antrax It Srl v EUIPO 判決において、密集度の高い意匠分野(a crowded design field)では、小さな差異であっても、全体的印象が異なるという判断に寄与する可能性があるという説を是認して、次のように述べている 22)

技術水準が飽和状態にあるからといって意匠創作者の自由度が制限されるわけではないが、そのような状態が証明されたならば、抵触する意匠間の詳細部分における差異に対する使用者の注意力を高める可能性がある。この結果として、技術水準が飽和状態にあるために、そのような飽和状態が存在していなければ情報に通じた使用者に異なる全体的印象を与えるものと考えられなかった特徴から、意匠の独自性が生じる可能性はある。

したがって、密集度の高い(又は、EU 用語において「飽和状態にある(saturated)」)意匠分野においては、先行意匠と比較して小さな差異のみを有する場合であっても、意匠が有効に登録される可能性はあるが、そのような登録の保護範囲は、相応に狭いものとなるであろう。

この点に関しては LʼOréal Société Anonyme RN Ventures Ltd 事件 23)において、既存の意匠群及び意匠創作者の自由度の2つの概念との関係で、若干異なる形で述べられている。

総括すれば、登録意匠と既存の意匠群との差異が小さい場合、小さな差異によって侵害が回避される可能性はある。登録意匠と既存の意匠群との差異が大きなものであれば、保護範囲も同様に広くなるかもしれないが、小さな差異によって侵害を回避することができなくなるであろう。これと同じ論理構成が意匠の自由度にも適用される。意匠創作者の自由度が高くなれば、それだけ排他的権利の範囲も広くなる。それと反対に、意匠の自由度に対する制約が高くなれば、その排他的権利の範囲は狭くなる。

4.3 画期的な意匠には、更に広い保護範囲が与えられる

この原則は Procter & Gamble Co v Reckitt Benckiser (UK) Ltd 事件 24)において確立されたが、Cantel Medical (UK) Ltd v ARC Medical Design Ltd 事件 25)では、更に簡潔に表現されている。

ある登録共同体意匠(「RCD」)が、既存の意匠群を構成するいずれの意匠からも顕著に異なる場合には、そのような既存の意匠群を構成する意匠から専ら漸増的な差異を有する RCD に与えられるものと考えられる保護範囲と比較して、更に広い保護範囲が与えられるであろう。

この原則は、「Trunki」という子供が跨がって乗用可能なスーツケースの意匠に関する Magmatic Ltd v PMS International Ltd 事件 26)において Arnold 裁判官(当時)が採用している。同裁判官は、1件の先行公表物(「Rodeo」)が存在していたとはいえ、本件意匠が既存の意匠群からきわめて大きく逸脱していることを認めた。裁判官は次のように述べている。

本件 CRD(訳注:共同体登録意匠であり、RCDと同意味)は既存の意匠群からきわめて大きく逸脱しており、本件 CRD 創作者はきわめて大きな意匠の自由度を有していたのであるから、 Rodeo が与える影響に従うことを条件として、本件 CRD は広い範囲の保護を受ける資格を有する。

第一審における裁判官は、登録意匠が権利侵害されているものと判断していたが、控訴審及び最高裁判所はこの判断を否定した。その主要な理由として、意匠表現物は表面上の装飾を省略して表示されているものと考えられるが、被疑侵害製品には何らかの動物を示唆する表面上の装飾が施されていたことが挙げられる。本件意匠が広い範囲の保護を受ける資格を有するという原則は批判されなかった。しかし結果論として、意匠が「画期的(ground-breaking)」とみなされた 3 件の事例、すなわち Trunki 事件、並びに上述した Procter & Gamble Co v Reckitt Benckiser (UK) Ltd 事件及びDyson v Vax 事件のいずれも、登録意匠は権利侵害されていないという結末になっている。これらの判例からみて、保護範囲が広いものとみなされた場合であっても、そこには限界があり、侵害行為が認められるためには「同一の全体的印象」のテストを依然として満足させる必要がある。

5.おわりに

協調化された欧州意匠法制度が施行されてから、およそ20年が経過している。しかし、たとえば特許又は商標などと比較して、その事案件数ははるかに少ない。最上級審の裁判所(CJEU 又は国内最高裁判所)で判決が言い渡された事案はきわめて少数である。したがって、侵害が認められるためのテスト及び独自性のテストなど、いくつかの基本原則を取り巻く問題点さえも依然として発展途上にある。ある事案についてどのように判断が示されるのか、その結末を左右するのは事実関係及び法律だけでなく、各当事者がどのような論旨を選択するのかによっても異なってくる。原則として裁判官は、訴えに含まれておらず、具体的に証明されていない事項について決定することができない。すなわち私たちは、全体的印象の判断において考察すべき各要因について十分な合意形成及び認識が得られた段階に、最近になってようやく到達したに過ぎない。それゆえ私たちは、全体的印象の判断において考察すべき各要因について十分な合意形成及び認識が得られた段階に最近になってようやく到達した。その結果、今や多くの事案において、意匠事案は採用すべき正確な法律テストについて著しい論争をせずに判断が示される。(AIPPI・JAPAN事務局訳)

(注)

  1. https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=celex%3A32002R0006
  2. T-525/13、パラグラフ 32:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A62013TJ0525
  3. たとえば Dyson Ltd v Vax Ltd [2011] EWCA Civ1206、パラグラフ 34 参照https://www.bailii.org/ew/cases/EWCA/Civ/2011/1206.html
  4. C-395/16:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=CELEX%3A62016CJ0395
  5. このような事例の1つとして、審判部における 690/2007/3、Lindner Recyclingtech GmbH v Franssons Verkstäder AB が挙げられる。
  6. [2006] EWHC 3154 (Ch):https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Ch/2006/3154.html
  7. David Stone、 European Union Design Law、 A Practitionersʼ Guide、 Second Edition、 OUP、 2016、 Chapter 12、パラグラフ 12.95 - 12.104.
  8. C-281/10 P:https://www.bailii.org/eu/cases/EUECJ/2011/C28110.html
  9. Case T-9/07、パラグラフ 67:hhttps://www.bailii.org/eu/cases/EUECJ/2010/T907.html
  10. Sachi Premium-Outdoor Furniture v Gandia Blasco、T-357/12、パラグラフ 23:https://curia.europa.eu/juris/document/document.jsf;jsessionid=E81ACE03B790E5F90E8BEE1968FC2672?text=&docid=147243&pageIndex=0&doclang=en&mode=lst&dir=&occ=first&part=1&cid=2536918
  11. Cantel Medical (UK) Ltd v ARC Medical Design Ltd、[2018] EWHC 345 (Pat)、パラグラフ 168:https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2018/345.html
  12. T-525/13、パラグラフ 29:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A62013TJ0525
  13. [ 2013] EWPCC 23、パラグラフ 76:https://www.bailii.org/ew/cases/EWPCC/2013/23.html
  14. パラグラフ 130:https://www.bailii.org/eu/cases/EUECJ/2017/C36115.html
  15. EWHC 173 (Pat)、パラグラフ 152:https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2018/173.html
  16. C-281/10、パラグラフ 53:https://www.bailii.org/eu/cases/EUECJ/2011/C28110.html
  17. 現在、Colin Birss 卿は控訴院判事であり、意匠事案に関して最も経験豊かな常任英国裁判官の 1人である。
  18. Samsung Electronics (UK) Ltd v Apple Inc [2012] EWHC 1882 (Pat)、パラグラフ 53、54、 56:https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2012/1882.html
  19. Samsung Electronics (UK) Ltd v Apple Inc [2012] EWCA Civ 1339、パラグラフ 53、54:https://www.bailii.org/ew/cases/EWCA/Civ/2012/1339.html
  20. [2020] EWHC 3391 (IPEC):https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/IPEC/2020/3391.html
  21. David Stone がきわめて明確な判決を言い渡した最近の事例としては、これ以外でも Lutec (UK) Ltd v Cascade Holdings Ltd [2021] EWHC 1907:https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/IPEC/2021/1936.html が挙げられる。この事件では、意匠創作者が意匠の開発において高い自由度を有していたものと判断されている。
  22. T-828/14 及び T-829/14 併合審理、パラグラフ 55:https://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?language=en&num=T-828/14
  23. EWHC 173 (Pat)、パラグラフ 155:https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2018/173.html
  24. [ 2007] EWCA Civ 936 における控訴院判決、パラグラフ 35、ポイント iii)を参照されたい。https://www.bailii.org/ew/cases/EWCA/Civ/2007/936.html
  25. [ 2018] EWHC 345 (Pat)、パラグラフ 168:https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2018/345.html
  26. [2013] EWHC 1925 (Pat):https://www.bailii.org/ew/cases/EWHC/Patents/2013/1925.html