単一特許制度 – 基本編

この記事では、数年内にヨーロッパで実施される予定の単一特許制度について説明します。 単一特許制度の抱える潜在的問題や、この制度の実施を見越した対応に関するアドバイスについては、「ヨーロッパ単一特許制度の欠陥について」をご覧ください。

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単一特許「パッケージ」

単一特許「パッケージ」は次の二つから成り立っています。

  1. 二つの欧州連合(EU)規則に基づく単一特許
  2. 統一特許裁判所協定(以下「協定」)が規律する統一特許裁判所(UPC)

単一特許は全参加国において有効な特許です。

UPC は、欧州における特許に関する法的手続きを一括して行う裁判所で、単一特許及び現制度に基づいた従来の欧州特許に対して、法的権限を持ちます。(例外を許す不参加規定については、以下に説明します。)

UPC は単一特許と欧州特許の一部に対して法的権限を持ちます。UPC 参加国が単一特許に参加しないことは許されています。イタリアは単一特許不参加を選択すると考えられています。しかし、単一特許参加国は UPC に参加しなければなりません。

単一特許が実施されるのはいつですか?

単一特許制度実現の前に、解決されなければならない問題が幾つかあります。

  • 英、仏、独の他、十カ国以上の締約国による統一特許裁判所協定の批准が必要とされている。
    • 現在、仏を含む15カ国が批准済み。
  • 英国の批准については、EU離脱の決定により疑問視されていた。しかしながら、現在では、英国も批准することが期待されている。
  • 現在、独憲法裁判所にて、UPC条約の合法性についての申し立てが提起されている。

以上の問題が解決されれば、2018年若しくは2019年中にも、初めてとなる単一特許が効力を発することとなります。

単一特許について

単一特許とはどんな特許ですか?

現制度では、欧州特許庁(EPO)から特許が付与されると、出願人はどの国で発明の保護を求めるかを選択し(「有効化」)、選択した複数の国の国内特許を手にします。これらの国内特許は個別に各国の法律で律され、更新料金も個々の国に支払います。また、特許付与後の有効性や侵害等の問題は、特許の有効化された各国の裁判所の管轄に属します。

他方、単一特許は特許付与時の全参加国において一括して有効な特許です。個々の国での特許有効化の手続きはなくなり、特許更新料も単一化されます。

単一特許の場合、特許権の制限、移転、取消し及び失効は、全参加国において有効です。

単一特許はどの地域で有効ですか?

欧州特許条約(EPC)に基づいた現制度と異なり、単一特許は欧州連合(EU)の制度で、EU 加盟国しか参加できません。現在、スペイン、ポーランドとクロアチアを除く全ての EU 加盟国の参加が期待されています。単一特許は、最終的には少なくとも 25ヶ国を含むであろうと考えられています。ただし、単一特許は特許付与時の参加国のみで有効であることに注意しなくてはいけません。特許付与後の参加国での特許の有効性は認められません。トルコ、スイスやノルウェーといった EU 圏外の EPC 締約国では、単一特許は無効です。これらの国での特許取得や特許権行使は今まで通りです。

単一特許の取得について

第 1 図

第 1 図が示す様に、単一特許と欧州特許の出願過程は全く同じです。単一特許制度の下では、出願人は全参加国に適用のある単一特許を選択し、更に、単一特許制度外の国々で特許を有効化することができます。

単一特許制度は、現在の特許制度に取って代わるのではなく、現制度に追加されるものです。特許付与時に、特定の国々で特許を有効化することもできます。これは、仮に特許権所有者が単一特許制度の利用に加え、同制度に参加していない国々において保護を必要とする場合、若しくは、単一特許制度の代替として、特許権所有者が一部の参加国のみでの保護を必要とする場合に適しています。

ただし、特定の国において、同一の出願で欧州特許と単一特許の両方を取得することはできません。

使用言語について

欧州特許庁(EPO)での特許申請の出願と審査は、英語、ドイツ語、またはフランス語で行うことができます。欧州特許の場合、一部の国においては、上記の有効化手続きの際に、特許明細書全部またはクレームの現地語翻訳の提出が求められます。

単一特許の場合、6 年から 12 年の移行期間中は、手続言語がフランス語かドイツ語であれば、特許付与後に明細書全部を英語に翻訳しなければなりません。手続言語が英語の場合は、明細書を英語以外の欧州連合のいずれかの言語に翻訳しなければなりません。訳文に法的効力はありません。

英語の明細書を翻訳する場合の翻訳言語は、フランス語やドイツ語、あるいは単一特許参加国の言語でなくても構いません。例えば、スペインは単一特許制度に参加しないと予想されていますが、スペイン語への翻訳は認められています。この一見非合理な規則の目的は、全ての単一特許に英語版があることを保証すると同時に、英語を手続言語として選択する出願人が有利に立つのを防ぐことにあります。

移行期間後は、全ての明細書が全てのEU の公用語に機械翻訳されます。6-12 年という移行期間の幅は、正確な機械翻訳システムの開発にかかる年月が定かではないことを反映しています。

費用はどのくらいですか?

単一特許の出願、更新、またその他の関連費用には不確定要素が多くあります。単一特許にかかる費用が現制度による欧州特許より少なくて済むかどうかは、関連費用が最終的にどのくらいになるのか、また何ヶ国で発明の保護を求めるのか等によって変わってきます。

単一特許の取得と維持にかかる費用には、以下の点が影響します。

  • 特許提出、審理手続は変わらないので、特許付与までの費用は現在と同じ。
  • 特許有効化の手続はないので、その費用が節約できる。
  • 少なくとも最初は、明細書全部を少なくとももう一つの言語に翻訳する費用がかかる。
  • 単一特許に変更する場合の費用は今のところ無料になる。
  • 更新料は、有効化の手続きが最も多くとられている4カ国(英国、ドイツ、フランス、オランダ)の費用の合計になると予想されています。以上の点を考慮すると、全ての参加国で発明の保護を求める場合、単一特許にかかる費用は更新料と翻訳料がかなり少なくて済むので、現制度に基づく特許より費用がかなり少なくて済む見込みです。しかし、数か国のみで発明保護を求める大多数の特許権所有者にとっては、単一特許は経済的な選択とはならないでしょう。例えば、現在の欧州特許の大半はフランス、ドイツ、英国のみで有効化されています。これらの国でだけ発明保護を求める場合は、単一特許の取得、維持は金銭的負担が増えることとなるでしょう。

また、複数の国内特許を所有する場合と違い、単一特許の場合は更新時に保護を求める国の数を減らして費用を抑えることができません。

統一特許裁判所 (UPC)

現制度の下では、欧州特許に関する訴訟は特許の有効化され国々で別々に処理されます。ある国で下された判決が他国での判決に影響を及ぼすことは原則的にはありませんが、裁判所が他国で下された判決を参照することはよくあります。しかし、実際には複数の欧州の国で同じ特許に関する訴訟が同時に行われることは稀で、大抵の場合は一か国で解決されます。複数の欧州の国の法廷で裁かれるのは、大きな訴訟のみです。

統一特許裁判所 (UPC) は、訴訟対象の特許が有効な全参加国で効力を持つ判決定を下す法廷です。

第 2 図

UPC は、初審裁判所と控訴裁判所で構成されます。初審裁判所は中央部の ロンドン、ミュンヘン、パリ と地方•地域部に設置されます。控訴裁判所は ルクセンブルグ に設置されます。

締約国は地方部を設けることができます。1 年 に 100 件以上の訴訟を扱う英国やドイツのような国は、複数の地方部を設けることができます。締約国がいくつか集まって、地域部を構成することも可能です。その場合、一つ以上の裁判所が同地域の全ての国を管轄することになります。ミュンヘン 中央部は機械工学に関する訴訟を、ロンドン)中央部は冶金学、化学、そして医薬品等の「生活必需品」に関する訴訟を担当します。パリ 筆頭中央部ではその他の全ての訴訟を取り扱います。どの裁判所で出された判決も全ての締約国で適用されます。初審裁判所がどこであっても、控訴は全て控訴裁判所で処理されます。

UPC の法的権限範囲について教えてください。

最終的には、UPC は、 EPO が付与した参加国で有効な全ての特許に対して法的権限を持ちます。しかし、下記に詳しく説明するように、移行期間中は不参加規定に基づいて、欧州特許に関する訴訟を UPC に提起するか、国内裁判所に提起するかを選択することができます。要約すると、

UPC の法的権限の範囲

  • 単一特許
  • 移行期間中に UPC 裁判管轄権不参加を選択しない欧州特許 (下記参照)

国家裁判所の法的権限範囲

  • 国内特許
  • 移行期間中の欧州特許 (UPC に審理が持ち込まれていない特許のみ)
  • 移行期間中に UPC 裁判管轄権不参加を選択した場合の、移行期間後の欧州特許

欧州特許の場合、UPC の判決は関連する特許が有効化された参加国の全てで効力を持ちます。

裁判管轄権への不参加と移行期間

上で述べたように、単一特許は最初から UPC のみが管轄しますが、欧州特許には移行期間が与えられます。

  • 移行期間中は、 欧州特許あるいは補充的保護証明書 (SPC) の侵害、取消しに関する訴訟を国家裁判所と UPC のどちらに提出することもできる。
  • この期間中に欧州特許の所有者および出願者は、既に UPC に提訴がされていない限り、 UPC の裁判管轄権に不参加の選択をすることができる。
  • 国家裁判所への提訴がされていない限り、UPC の裁判管轄権に不参加することを一旦選んでも、何時でもこれを参加に変えることはできる。
  • UPC の裁判管轄権に不参加を選択するには、費用がかかる。裁判管轄権に不参加することを選択してから参加に変える場合にも、費用がかかる可能性がある。
  • 移行期間は、統一特許裁判所の協定効力発生日から 7 年間。
  • 新制度の評判如何によっては、この移行期間がさらに最長 7 年間まで延期されるかもしれない。

協定関連規定の起草過程では、残念ながら、この不参加選択が特許(若しくはSPC)の有効期間中継続するのか、若しくは移行期間のみに適用されるのかが完全には明確になっていません。この不参加選択は、特許の有効期間中継続する可能性が高く、協定の手続規定を準備している委員会も同様な見解を明らかにしていますが、最終的には裁判所によって決定がなされます。

協定発効前の約3ヶ月間、特許権所有者が事前に不参加を選択することができる「サンライズ」期間が設けられる予定です。そのような期間がなければ、特許権所有者が不参加を選択する前に、協定効力発生日に特許の取消審理が始まってしまうという事態が起きる可能性があり、また一旦審査が始まってしまうと、途中で不参加を選択することができないからです。

各部の役割について教えてください。

特許侵害の訴訟は次のいずれかに提出します。

  • 特許侵害が行われた地方•地域部
  • 被告人の居住地あるいは事業所のある地方部
  • 中央部(被告人の居住地あるいは事業所が EU 圏外の場合、または当該国に地方•地域部がない場合)

特許取消し、非侵害の宣言に関する訴訟は次のいずれかに提出します。

  • 中央部
  • 当該特許が審理中の場合、その審理が行われている地方•地域部

特許取消しを求める反訴の場合、地方•地域部は次のどれかを行います。

  • 特許侵害の訴えと反訴を両方扱う。
  • 反訴のみを中央部に委ね、特許侵害の審理を保留または続行 (「分離裁判」)。
  • 両方とも中央部に委ねる。

特許侵害がしばしば複数の国や地域で起こるることを考慮すると、特許権所有者が特許侵害の訴訟を提出することのできる裁判所が複数あることが予想されます。しかし、第三者が特許権異議申立てを行う場合の選択肢は限られています。特許取消しや非侵害の宣言に関する新規の訴訟は、中央部に提起しなければなりません。UPC の仕組みは、特許権所有者にとって有利なものだと言えます。

地域•地方部で、分離裁判の選択をどの程度実施するのかは定かではありません。現在、分離裁判を行っている主な国はドイツのみです。しかし、これはドイツ国憲法の要件を満たすためであり UPC とは関係がないので、ドイツ地方部が特許取消しの反訴を処理する可能性はあります。

UPC のこの様な側面がフォーラム•ショッピング(法廷地漁り)に繋がるのではないかという懸念については、この記事をご覧ください。

手続言語について教えてください。

地方•地域部での手続言語には次のものとなる可能性があります。

  • 地方•地域部の置かれている加盟国の公用語
  • 地方•地域部の置かれている加盟国が指定する、英語、フランス語、ドイツ語のいずれかの言語
  • 特許付与時の使用言語(当事者が合意した場合)

中央部での手続言語は、特許に使用された言語になります。

控訴裁判所での手続言語には次のものとなる可能性があります。

  • 初審裁判所での手続言語
  • 特許付与時の使用言語(当事者が合意した場合)
  • 当事者が合意した場合、例外的にそれ以外の締約国の言語

今のところ、多くの裁判所が英語を手続言語として選択するだろうと予想されています。EPO が付与する大半の特許が英語を使用していることを考えると、英語の使用によって制度がある程度簡素化されると考えることができます。

しかし、一つの訴訟に複数の言語が使われる可能性は残っています。例えば、分離裁判が行われた場合、特許侵害と取消しの審理に異なる言語が使われるかもしれません。

単一特許制度についてもっと知りたい方は、EIP にご連絡ください。日本語でお問い合わせの場合は、 Chris Price(クリス・プライス) か Darren Smyth(ダレン・スミス) 宛にお願いします。

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i この記事を通じて、欧州特許の「束」については「欧州特許」として、単一効果を持つ特許については「単一特許」として記載してあります。

ii 「事業所」によって意味されるところが必ずしも明らかではないかもしれませんが、これこそが裁判所によって明確にされる必要のある問題かもしれません。